今回の東北地方被災地状況及び
2回目の炊きだしご報告
2011年4月



アジアンランチは3月19日に続き、今回で2度目の炊きだしです。
今回も新党日本代表、田中康夫衆議院議員に声をかけていただき、同行させていただきました。


4月1日、夜22:00に新党日本のある東京平河町を出発、一路東北道を北上し、「一ノ関」を目指します。

到着は4:30。
ホテルで仮眠を取らせていただき、8:30に気仙沼に向かって出発です。

炊きだし予定地であった気仙沼小学校に10:00到着。


気仙沼は津波の直後船から漏れ出た重油に引火、
3月11日深夜のニュースで見た真っ暗な画面のあちこちで火が燃えていると言うショッキングなものは記憶に新しいです。

道路は整備されているものの歩行者道路にはびっしりと瓦礫の山が築かれ、
木材、コンクリ、鉄板などの中に車や船がごろごろしている異様な風景。

港には黒く焼けこげた船が点在し、さらに巨大なはえなわ漁船が打ち上げられておりました。
まるで何かのアトラクションに迷い込んでしまったような錯覚を覚え、現実感がありません。
沢山の方が亡くなったり行方不明だと言うのに受け止めきれず、無意識に感覚を麻痺させていた気がします。













以上は気仙沼の状況です。





ここからは南三陸町に向かう道沿いの惨状。








瓦礫の山が両サイド2メートル以上積み上げられ、車一台がやっとと通れる道を上がっていくと突然、住宅地が現れます。
地獄のような光景から一転。その差はわずか100メートルに満たないほどです。

ここが本日炊きだしをさせていただく「旭が丘コミュニティセンター」。
家を失った多くの方が避難しておられました。





付近の住宅も普通に存在し少しほっとしましたが、水は自衛隊の置いていった簡易タンク、
電気は止まっていてかろうじてセンターの厨房のガスだけが使える状態でした。


「温かい食事は久しぶり」「メニュー何??」と皆様興味を持って下さいます。
「豚肉だって!」「豚肉?豚肉あるの?」と目を輝かせる方も。


メニューはチキンをヨーグルトやスパイスのペーストに漬けこんで焼き上げた「チキンティッカ」、
チキンにミントなどのハーブやスパイスで味付けして焼き上げた「ハリヤリティッカ」、
「クローブの効いた豚肉のインド風炒め」、そして現場で炊きあげるオリジナルカレーの4品。
ここから2品を選ぶ特製アジアンランチ、0円!!
温かく湯がいたベトナムの米麺に乗せ、絡めて食べていただきます。

しかしカレーの野菜がなかなか煮えてくれず、皆様を寒風の中30分もお待たせしてしまいました。
なんとか17:00にスタート。
約600〜700食を用意しました。

気温はどんどん下がり、風も強い。
電気が来ていないので鼻をつままれても分からないぐらいの闇の中、
大勢の人の気配がします。
予備バッテリーで点けられたセンターの厨房と車の明かりだけが浮かび上がります。

股関節の手術をして未だ間もない田中代表が杖をついた状態で
炊き出し中、寒風の中をずーっと休むことなく皆さんにメニューを説明し、お箸を手渡しておられました。




店頭には気仙沼出身の自民党小野寺五典衆議院議員も見え、色々細かい作業まで手伝って下さいました。


20:30。
炊きだし終了です。
外は体感温度0℃以下。寒い寒い。



厨房では麺湯がきまくり



少しずつ洗い物をしていったのですが、
お水は18リットルのポリタンク1.5本。
これが使えるお水のすべてです。

皆さんが使うお水もあるので全部使うわけにもいきません。
シンクの蛇口を何度も無意識にひねり、あ。といちいち認識しながら
フォーのゆで汁で脂を少しずつ浮かせ、少しの水と洗剤で3度に分けて洗い、
最後はアルコールをし、ペーパータオルで拭き上げて仕上げ。
ペーパータオルがなかったらお手上げでした。

(あとでセンターの厨房の外に使っていいお水のタンクがあったことを知りましたが、あの量の水で洗い物をしたのは貴重体験でした)

大鍋などはとても洗えないので翌日に廻し、21:00にはほぼ撤収。
一行は全員2時間寝たか寝ないかの状態でしたがこのあと福島まで200キロ近い移動です。

福島のホテルには日付が変わってからの到着となりましたがこちらは水も電気も問題なく、
温かいお風呂で体を休めることが出来ました。
幸せなことです。
感謝です。

生活のいろいろな事を当たり前と受け止め、水・電気・ガス・トイレといったことに感謝が足りなさすぎたと改めて痛感した一日でした。



この地区の区長さん。ずっと寒い屋外で皆さんを見守っておられました。






明けて4月3日。今日は放射能の風評被害で物資も届かず、田中代表が最も問題提起をしておられた南相馬市へ向かいます。

途中、高い放射能数値が検出された飯舘村を通過。

放射能は目にも見えず、ニオイもありません。

畑に緑は見えるのに畑に出ている人は皆無。
道行く人も車もありません。


「自宅退避」と言われた人たちのとまどいと不安は大変なものです。
市役所近辺は市街地が広がり、ちょっと道一本入れば一見平和な住宅地が見えます。
けれど何かがおかしい、
いいお天気なのにお布団や洗濯物が全く見えないのです。
窓も固く閉ざされています。
歩く人もいません。

ライフラインは戻ってきているそうです。
なのに家からは出られない。
仕事にも行けない。

家を流された人、家族を流された人は家族や家財を探しに出ることすらできないのです。
放射能と言う目に見えないモノの数値が下がるのをただただ待つしかない。




「私たちを忘れないで下さい」。
Youtubeにアップされ、全世界の人々が見た
南相馬市の桜井市長はカメラに向かって繰り返し訴えておられました。


桜井市長とアジアンランチの代表






南相馬の市役所前で炊きだしをさせていただくことになりました。
入り口脇に車を止め、私たちに出来ることをやるだけです。


まずは昨日洗えなかった鍋類から洗っていきます。
市長の秘書の方まで洗い物を手伝ってくださり恐縮でした。

蛇口をひねればお水が、お湯が出る。
幸せな事だと感謝しつつ、洗い物をしました。



炊きだしは屋外。

11時を廻った頃、現場にキッチンカー仲間である「エレファントボックス」さん登場!!
急遽田中代表と連絡を取り、前回私たちが炊き出しをした旧南相馬女子高の夜の部の炊きだしに参加されるとのこと。
彼らの助けを借りて準備を進めていきます。


スタート予定12:30を廻ってしまいましたがなんとかスタート。

150食は近くの小学校にある避難所に職員の方が届けて下さいます。
本日も約600食の準備です。

田中代表が杖をつきながら立ち、メニューを説明しながら被災者一人一人にお弁当とお箸を手渡していきます。








被災地の皆さんに続き市役所職員の方にも召し上がっていただくことができました。
休みなしで働いている方が多いのだそうです。

市役所一階の窓口には沢山の市民が年金や避難、食糧確保などの相談に来ていて職員の方が対応に追われていました。




15:15、炊きだし終了!!
今日は田中代表も炊き出し隊も炊きだしの食事を取ることができました。


アジアンランチの面白さは6品から好きなものを選ぶ所。
被災地で食事は3食とれるようになったそうですが「選ぶ」ことが出来る状態ではありません。

そんな時だからこそ、品数は少なくて申し訳なかったのですが「選ぶ」と言う楽しさも味わっていただけたらいいな。
と極力いつものおかずを用意いたしました。

被災地の人の食事は毎食おにぎり3個。(旧南相馬女子高)
最近は野菜や鶏の唐揚げが出たこともあったそうですが
皆さんメニューを聞くときに「豚肉入ってる?」と聞いてきます。
炭水化物がほとんどで、脂質、タンパク質、ビタミンが圧倒的に不足しているのです。


ちなみに今回のオリジナルカレーには当社の取引先である「二子屋畜産」さんより
豚肉30キロを無償提供いただきました。

2000食を用意していたのですが結果的に1500食ぐらいの提供だったため、
具だくさんのカレーを提供することができ、「肉うまかったよっ!!」とわざわざ声をかけて下さる人も。



16:30、「エレファントボックス」さんが炊きだしをする旧南相馬女子高へ移動します。
市街は一見被害はなさそうでしたが海に近づくにつれ、ここにも津波の爪痕、
畑だったと思われる泥水にまみれた一帯が広がります。




15分ほどで旧南相馬女子高に到着。
「エレファントボックス」のワゴンが見えます。

店長のKさん、元アジアンランチのスタッフ、N君も一緒です。
昼間助けてもらってとても助かったので少しばかりですがお手伝いをさせてもらいました。

田中代表はここで避難所を視察されたあと、東京に向けて出発。
お疲れ様でした!!









夕刻、私たちも東京に向けて出発。

途中の睡魔に勝てず、大事を取って途中で一泊しましたが、翌日無事、会社に帰り着いたのでした。



会社帰社前に等々力アリーナで放射能のチェックを受けました。
車のタイヤ、直接地面に置いていた器材、調理器具、車両全体、自分たちの衣服や私物、靴底、
すべてチェックしていただきましたが何も検出されませんでした。


カウンターの針、動かず。やはりほっとします。


ちなみに南相馬市役所の前で炊きだしをさせていただいたので、最後にいつも通り掃き掃除をしました。
この時のチリもゴミ袋に入れて持ち帰ったのですが
針が振れることはありませんでした。




風評被害ってやはり恐ろしいです。
実際、現場に行かなかったら、そしてこうして数値を計ってもらうことがなかったら
もっと放射能に対してぴりぴりと敏感になっていたと思います。

とは言え、一日も早く終息してくれればと言う思いに変わりはありません。
確実に放射能が検出されてしまう地域はあるのですから・・。

被災地の皆様の生活が一日も早く安心できるものになりますよう
そして私たちの国日本が元気を取り戻し、前へ進んでいけるよう、祈っております。






アジアンランチがこうした炊きだしをさせていただくことが出来たのは
いつもアジアンランチを召し上がって下さる皆様のおかげです。

いつもアジアンランチを選んでいただき、どうもありがとうございます。
またtwitterで応援のメッセージを頂戴し、とても心強く現場で頑張ることが出来ました。

田中代表、新党日本のスタッフさん、現場で被災者なのにボランティアして下さったお母さん方、
南三陸町の世話役の方々、南相馬市市長室の秘書課の皆さま、
アジアンランチの販売場所を提供してくださっている大家様、
二子屋畜産さん、佐治モータースさん、屋台村のトウキュウドゥさん、
ガソリンの携行缶を貸して下さった雪が谷のGSさん、エレファンドボックスさん

そしてそしていつもバタバタの私たちを支えてくれる我らがアジアンランチのスタッフ達。

心から感謝です!!
ありがとうございました。





アジアンランチ
山口 健司
山口 由香



新党日本でも今回の炊きだしの情報がアップされています。
アジアンランチのことも取り上げられております。
併せてご覧下さい。


新党日本被災地支援活動について



11/04/09 気仙沼・南三陸からの提言 ◆BS11













東日本大震災、3回目支援報告20110425

3回目の支援は2011年4月22日(金)、
宮城県南三陸町、旭が丘コミュニティセンターに
160世帯分の食料物資を送りました。
今回は当社よりお肉・野菜たっぷりキーマカレー53.5キロに加え、
取引していただいている業者様より無償で下記リストにあります食材の提供を頂きました。

ご協力を感謝する次第です。

なお、当社ではこれら物資をただそのまま送るのではなく、
現地の人たちがすぐに分配できるようにと
現場の世帯に値する160の袋に物資を分ける作業をいたしました。
(お米、バナナ、スパゲッティ、レトルトカレー、冷凍したお肉など)

社員・スタッフとも、ボランティアでこの作業をし、
現地に行かれなくてもこういう形での支援があるんだと喜んで参加してくれました。

アジアンランチのカレー、提供いただいた調味料などは小分けにすることが出来なかったので
そのままの送付となりました。


発送は唯一旭が丘コミュニティセンターまで荷物を配送してくれる
「ヤマト運輸」にて送りました。
この地区において、現時点ではヤマトさん以外ドア・ツー・ドアで届けてくれるところは無く、
運送会社ごとの「集積センター」まで取りに行く必要があるそうです。

現金収入が途絶え、国からの一時金や赤十字など皆様からの義援金もまだまだ配付されていない状況の中
せっかくの物資が来ても、取りに行く足である車のガソリン代は
今のところ被災者の誰かが捻出し、負担しなくてはなりません。

現地に支援物資を送りたいと考えておられる方は
運送会社さんの現地での受け取り方法までを確認の上、発送すると現地の負担を減らせると思います。

(被災地にはヤマトさんなら必ず届くと言うことではなく、この地区に関しての、現時点での情報です。)

どうぞよろしくお願いいたします。

    

物資のご協力を頂いた皆様

  
(株)コボリフーズ 堀口会長               (株)コボリフーズ 本間社長



株式会社メグロジャパン 目黒社長



二子屋畜産(株) 柿沼専務
二子屋さんは2回目の炊きだし支援時も
被災地の皆さんが喜んで下さった豚肉30キロの提供をいただきました。




(株)藤沢米穀様



ご協力を感謝いたします!!






以下はアジアンランチの物資の準備と送付のもよう

    

     アジアンランチで特別に炊いたお肉たっぷりカレー             仕分け作業                           発送!




ご提供頂いた食料

提供元 品名 内訳
株式会社藤沢米穀 白米 5kg×8 40kg
株式会社メグロジャパン バナナ 695本
成澤農園有限会社 味付玉こんにゃく 10個入り×320 320袋
二子屋畜産株式会社 豚コマ 8kg×2 16kg
株式会社コボリフーズ 鯖水煮缶 190g×96 96缶
株式会社コボリフーズ レトルトカレー 200g×180 180袋
株式会社コボリフーズ スパゲッティ 4kg×6 24kg
株式会社コボリフーズ しょうゆ 5g×3000 3000個
株式会社コボリフーズ ソース 5g×3000 3000個
株式会社コボリフーズ 味噌汁 150cc用×1000 1000個
有限会社アジアンランチ 鶏肉・人参・馬鈴薯のインドキーマカレー 5kg×10袋、 4.2kg×1袋 54.2kg
有限会社アジアンランチ 白米 5kg×8 40kg



翌日には、旭が丘コミュニティセンターに物資が到着。
届いた物資と一緒に皆さんが写真を送って下さいました。











東日本大震災、4回目支援報告20110510


2011年4月28日には第4回支援として、お客様や支援者からいただいた寄付金から下記リストのものを購入
宮城県南三陸町、「旭が丘コミュニティセンター」へ、
小分けに出来るお肉や野菜を160世帯分に小分けして発送いたしました。

皆様から頂いた義援金の今回の集計(3月31日〜4月22日)は
合わせて118,154円でした。
ありがとうございました。

内訳はこちら→


この中から2回目炊きだし費用の一部と
(寒地である現地で往生しないためのスタッドレスタイヤのレンタル料及び経費など)、
今回の物資の購入及び送料などの経費に充てさせていただきました。


なおリストにはありませんが、
アジアンランチのスタッフ有志から提供された犬・猫用のペットフード合わせて約30キロも
一緒に送りました。




皆さんに行き渡るよう、
キャベツは半分にカットしてラップしました



物資は現地で被災者に公平に行き渡るよう分ける必要がある。
この作業の大変さが少しだけ分かって嬉しい役員・社員・スタッフ。





下記は今回送った食料のリストです。

4/27 旭ヶ丘地区支援物資
品名 内訳
小松菜 160把+40把 200把
人参 160本+40本 200本
キャベツ 半玉×160 、 半玉×40 100個
豚コマ 150g×160、 6kg 30kg
鶏もも 150g×160, 6kg 30kg
キング 本みりん 1.8L×1本 1.8L
キッコーマン醤油 1.8L×1本 1.8L
料理酒 1.8L×1本 1.8L
マルコメ千曲川白味噌 1kg×1袋 1kg
マルコメ千曲川赤味噌 1kg×1袋 1kg
味の素本だし 1kg×1袋 1kg
J・オイル サラダ油 1350g×2本 2.7kg
カゴメケチャップ 1kg×2本 2kg
花かつお 500g×1袋 500g
おろしニンニク 1kg×1本 1kg
おろし生姜 1kg×1本 1kg
マヨネーズ 1kg×2本 2kg
白胡椒 350g×1袋 350g
白砂糖 1kg×2袋 2kg
中濃ソース 1.8L×1本 1.8L
グレープフルーツジュース 1L×6本 6L
青じそドレッシング 190ml×2本 380ml





翌日には「届きました〜」と写真を送っていただきました。








宮城県三陸町、
旭が丘地区に関する最近の情報
20110516


2011年5月上旬現在。

ゴールデンウィークが過ぎ、どこか「落ち着いた」ムードが漂ってしまっている昨今ですが、
現地「旭が丘」の区長さんによると

ゴールデンウィーク以降支援物資が減った。
今までは「物資が来た」と連絡があったけど連絡が来なくなり、
見に行かないと物資の配給が受けられない。

義援金の受付が始まったが家を流されてしまった人のみ。
その人達も交付は未だ受けていない。
(詳細はこちらをご覧下さい→)

地域の農業従事者10パーセント、漁業従事者10パーセントであるが
両者とも復旧が進まず、仕事が出来る状況にはなっていない。
片付けなどボランティアとして行動している。

被災した人で収入があるのは職場の被災を免れた人、
年金生活者と別の地域に働きに出ている人。
震災で職場が被災し、職を失った人の再就職は厳しい。
雇用そのものがない状態。

電気は来ているけど水道はまだ復旧していない。
センターにある貯水槽に汲みに行く。

トイレはセンター近くに穴を掘って水洗ではない仮設トイレを設置、
一杯になったら埋め、また穴を掘ってトイレを移動する。
家庭のトイレは水が流れない状態なので
センターに避難している人以外もこのトイレを利用する。

食料、生活雑貨の購入は30キロ離れた店まで行くしかない。
今は落ち着いたが以前はガソリンの入手そのものが困難であった。

食料物資では相変わらず野菜、肉が不足している


・・・とのことです。

アジアンランチでは皆様からいただいた義援金がピンポイントですぐに役に立つよう、
1回目2回目で炊きだしをした中でも一番深刻であった「旭が丘コミュニティセンター」へ
食料の提供を続けております。

こちらは南三陸町唯一の高台で津波の被害は免れたものの、
自衛隊による食料物資は水のみで、米などは自分たちで取りに行かなくてはなりません。
コミュニティセンターからわずか200メートル先は2メートル以上の瓦礫が積み重なる地獄のような風景。
車一台がやっと通れる危険極まりない道が唯一の生活道路です。
重機が入らないと人の手では片付けようもなく、探せないご遺体もあるであろうと言います。


車高を超える瓦礫の向こうに見えるのが「旭が丘」


被災地の現場が「落ち着く」のはまだまだ時間がかかると思われ、
引き続き皆様のご支援を頂ければ嬉しく思います。

アジアンランチの店頭では募金を続けておりますので
趣旨ご賛同いただける方は募金箱への寄付をお願いいたします。

皆様のご協力、心より感謝しております。



東日本大震災、5回目支援報告20110520
2011年5月17日、5回目の食料支援として、下記の食料を
「旭が丘コミュニティセンター」に避難している方及び周辺住民の方あて、
皆様の義援金から送りました!!

○ 小松菜 200把

人参   204本

長ネギ 204本

ピーマン201個

            ○ ベーコン・ハム・ウィンナー 各10キロ
          ○ビタミンサプリメント  120袋 (*)
                 (*)アジアンランチのお客様より「被災地の方へ」と提供いただきました。



  


今回は4月23日〜5月17日の間に寄付いただいた金額の合計で、
27,666円
となりました。
ご協力感謝いたします!!
募金の内訳はこちら→ 

これらはまた地域160世帯分と、
コミュニティセンターで避難生活をされている方分に小分けにして送りました。
ベーコン・ハム類は衛生上の問題があるので小分けにはせず、
現地で分配していただくようお願いしました。
サプリメントも同様、封を切らずにそのまま送りました。



「届いたよー」のお写真いただきました。


皆様のご協力、ありがとうございました!!

東日本大震災、6回目支援報告20110716

6月24日に6回目となる食糧支援を皆様の募金より行いましたので報告いたします。
今回は5月17日〜6月23日の間に寄付いただいた金額の合計で、
43、961円でした。
皆様のご協力心より感謝いたします!!
募金の内訳はこちら→ 


今回は根菜を購入して送りました。
未だクール便復旧のめどが着いていないそうで、葉物やお肉などなどは傷んでしまうため送れませんでした。


いつものように荷造りをボランティアで参加してくれた店長達と送った野菜たち

内訳は人参400本 ジャガ芋400個 玉葱400個 で、
160世帯+110名様に届くよう、「旭が丘コミュニティセンター」に送りました。

前回の支援をした時との違いは、
現在南三陸町旭が丘行政地区では残った160軒の家に
同居というかたちで家を失った方110名が居候をしているそうです。

アジアンランチでは被災地の多くの方が職もなく深刻な今の状況を把握していますので
今後も支援を出来る限り続けていきたいと思います。
また、いつ・誰が・どの様に・なにを 支援したのか
「写真」を通して支援してくださったお客様から見て分かり易い支援を
今後も行っていく予定です。

ご賛同いただける方は今後も各店舗店頭の募金箱に、支援のご協力宜しくお願い致します



南三陸町からのメッセージが届きました!!

お客様からの募金の御協力をありがとうございます。
物資を送っている南三陸町地区の方よりメッセージを頂きました。
ご紹介いたします。


■南三陸町 Aさんから
「アジアンランチのお客様へ」

こんばんわ。
この度の震災後、五回も支援を頂いていたのにお礼の言葉もお伝えせずにごめんなさい・
ありがとうございましたo(^-^)o
わが家は幸い自宅が残っていますが…親戚や友人は全てが流され何も無くなりました。
皆様の温かいご支援は本当に感激です。
電気と水が開通しシャワーや洗濯が出来るようになりましたが、飲料水としては使えない状況です。
最近では、移動販売のコンビニもできましたが、まだまだ仕事がない方が多く、続く余震の不安を抱えての不便な毎日です。
全国の皆様からの温かいご支援は私達の支えです。
本当にありがとうございました。


■南三陸町 Bさんから
「アジアンランチのお客様へ」

いつも支援を頂きありがとうございます。
避難所や地区住民、本当に感謝しております。
頂いた食材は無駄にせず大切に使わせて頂きます。 
現在の町の復興状況ですが、こちらの地域は梅雨に入り、ガレキ等の撤去作業もうまく進めてない状態です。
また町の衛生状態もかなりよくなく、ハエが多く発生し
こちらの避難所でも困っているしだいです。
これからもっと暑くなるので心配しております。
現在の状況は簡単な説明ですがこのような感じです。
今度もご支援どうぞ宜しくお願いいたします。



テレビなどで連日被災地の報道は続いております。
復興に向けて動き出しているところもあれば
状況があまり変わっていないところもあるようです。
そんな中でも旭が丘地区のように倒壊などを免れた住居に住む人々が
家を流された人たちの受け入れをし、同居生活を送っておられます。

私たちは私たちにやれることをやるまでなので、
どうか今後も皆様のご支援をいただけたらと思います。
今後ともよろしくお願い申し上げます。




その後の旭が丘地区のご報告20110823

先日、当社と取引のある(株)八洋様よりお水のペットボトルを寄付いただきました。

早速現地に送るべく旭が丘の区長さんに最近の状況を伺ったところ、色々と進展があったようですのでお知らせいたします。
まず、コミュニティセンターに避難、生活をしていた方々はこのお盆の連休でようやく仮設住宅へ入居できたそうです。
また、この周辺で唯一家屋の流出・倒壊を免れたこの地区では
家を失った方約100名を受け入れ、共に生活してこられたと聞いています。
その方達も同時期に仮設住宅に入ることが出来、あと、20名ほど残っていらっしゃる方たちも
9月上旬には入居できるとのこと。
仮設住宅には冷暖房をはじめ家電や家具なども揃っていて、
まずは「生活」が始められるとのことでした。

瓦礫の撤去などには未だ時間がかかり、復興もこれからが本番ですが
お盆を境に生活の場が確保出来たことでようやくひとつの節目を迎えられたのではないでしょうか。
震災から5ヶ月。
被災地の皆様には本当にご苦労の多い期間であったと思います。


区長さんからは「大丈夫」のお言葉をいただきました。
旭が丘への食糧支援は今回で一旦終了としたいと思います。
皆様からの寄付、心より感謝申し上げます。

なお、アジアンランチ各店店頭の募金は今後も続け、
今後の復興支援をしているNGOなどに託していく予定です。
主旨賛同いただける方は是非募金いただけますと嬉しく思います。

どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。


寄付いただいた550ミリリットルのペットボトル5箱は
8月26日に旭が丘コミュニティセンターに発送いたしました。
どうもありがとうございました!



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